拗ねちゃった子虎
 


世情穏やかならないせいか、それとも個性的な顔ぶればかりが集っているからか、
公私ともに相変わらずにバタバタと慌ただしくも忙しく。
気がつけば 弥生も半ば、暑さ寒さの境目といわれている彼岸も過ぎており。
暖冬と言われていたわりには雪も降った、微妙だった冬はいつの間にか去りつつあって。
世間様では卒業だ進学だ、それへ合わせての転居だといった
肩書やら居場所やらの移動の慌ただしさや悲喜こもごもも聞こえつつあり。

「そういやニュースで桜の開花の話も聞くようになったよね。」

ほんの数日ほど前までは花粉が多いの少ないのという話題のあとに、
どのあたりでは神津桜が寒桜が満開だという話をしていたものが。
昨日今日は、本州でもお馴染みのソメイヨシノの開花の話が取り沙汰されている。

「今年は早い方ですよね。」
「あれですか、これも暖冬の影響とか。」

暖冬だったそのあおりかしらと
兄と語らっていたナオミさんがそれは愛らしく小首を傾げたのへ。
うずまきでのティータイム、一緒に寛いでいた与謝野先生がやや目許を細めて意味深に笑った。

「多少はあるかもしれないが、桜ってのはちょいとややこしい花だからねぇ。」
「??」

やはり同坐していた敦や鏡花がキョトンとすれば、
おや、知らなかったかい?と簡単に説明してくれる。

「木花といやあ、日当たりのいい枝から花が開いての順番に、
 リレーのように渡って行っての1か月くらいは楽しめるものだけど。
 桜は 一つ所の木がほぼ同時に一気にほころび一気に散華する珍しい花でね。」

雑学蘊蓄を紹介する番組などで知れ渡りつつある事実だが、ソメイヨシノは種で増え育つ木ではない。
同じ原木から採られた枝を挿し木して育てる“クローン木”なので、
一つの木の中どころじゃあない、周辺に植わった桜同士で気を合わせたかのように、
そういうお揃いの生態となってしまうのだとか。
それはともかく、

「サクラってのはね、
 一旦きゅって強い寒さに絞られてからでないと
 花の芽が開花に向けて動き出さないって言われてる。」

寒の戻りに晒されないと花が目を覚まさない。
なので、だらだら暖かくてもなかなかつぼみが膨らまないのだとか。

「まあ、何日か前に夏日があった後 それを裏切っての物凄い急降下になってたから
 ここいらのもぼつぼつと咲き始めようよ。」

そんな風に皆さんが話題にしていた
春の使者の代表であるさくらの北上の便り、
敦にとってもココロ浮き立つニュースではあって。

 “…だって。”

サクラの頃に知り合って、それからのお付き合いが続いているお人がいる。
それは綺麗な兄人で、どこかの俳優さんみたいな美しい風貌と裏腹、
鍛え抜かれた体術の達人だし、気風もよくって それは男前でもある素敵なお人。
色んな事に通じていて、敦が知らなかったことを何でも教えてくれる教養深い人でもあり、
重力を操るという最強の異能を持つ関係でか、
身長が伸びなかったのがちょっぴりコンプレックスだそうだが、
そんなの関係ないほどに豪気で強くて頼もしい御仁だし、

 “言ったら怒られるだろうけれど…。”

 小さいという形容詞、

そうそうムキになっちゃあないようだが
それでもそこはやはり男としての何かに触れるものなのか。
ああまで頼もしい矜持を持つお人でも
唯一、いじられたくはないらしい逆鱗で。

 “でもなぁ…。”

あのその、禁句とまではしないでほしいなぁと思わないでもない、
微妙な心持の敦くん。というのも、

 「…? 敦くん。もしかして、少しほど背伸びてない?」

聞き込みにと社屋から出てきたところで、
周囲や背景の何と比して気づいたものか、連れの太宰がそんな風に言い立てた。
注意深い人で、とはいえそれへは大した意図も無いまま
ふと気づいて口にしただけ。
そんな感慨に過ぎないのだろと、判っちゃあいたけど、それでも あのね?
些細なことだろうにと判っていつつも、
言われた途端にギョッとしたようなリアクションで振り返り、

「…っ! 何言ってんですか太宰さん。
 そんな人聞きの悪いこと、勝手な憶測で言わないでくださいよ。」

随分とムキになったのが、何てことない一言を重くて意味ある代物へと変える。

 「人聞きの悪いことって…?」

と、キョトンとしてから ぷぷーと吹き出した辺り、
敦が誰へと気を回してそんなややこしいこと言っているのか、ちゃんと判っているからならでは。
このまま揶揄を続けるのは大人げないかなと思いつつ、
とはいえ、成長期の少年が伸びるのは目出度いことでもあるのだし、
何より、この少年は長いこと不憫な環境下に置かれていた身だ。
栄養失調を補うために栄養剤を打たれていたという、本末転倒な形で守られていた子だけに、

「でもねぇ。芥川くんより高くなったらあの子からも怒られちゃうかもだよ?」
「それは自業自得でしょう。ちゃんとご飯食べないのが悪い。」
「ありゃまあ。」

兄弟子として仲良くしておきながら、結構言うよ この坊ちゃんと、
今度は苦笑がこぼれてやまぬ。
表情豊かな目許口許、今は素直に愉快愉快とほころばせ、

「まあ確かにね。」

ムキにはならずに肯定すれば、

「でもそれって太宰さんも悪いって訊いてますよ?」
「おや?」
「凄まじいスパルタされすぎて、物を食べるどころじゃあなかったって。」

 お腹とか蹴り上げてたっていうじゃないですか、
 大事にしたかった相手へそれって信じられない〜〜。

 誰から訊いたのそれ、敦くん。

 わ。急に空気冷やすのなしですったら。

自分が先に拗ねかかっておきながら、
怖い一面覗かせられると わぁと途端に腰が引けるところはやはり他愛ない。
新しい季節の到来を前に、
それはお元気に駆けだした彼らだったが、
よもやあんなことでこじれてしまおうとは、努々思ってもいなかった。





to be continued.(19.03.26.〜)


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 *春も間近で、ややこしいネタに突入です。
  というか、最初のお話の続編ぽく書き連ねてた代物ですが、
  時機を逸して放り出してたものです。
  今更な話題ですが、お付き合いくださると幸いです。